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トレーニングしましょ(目的意識)

>目次

 「あなた、今自分が何をしているのか分かっているの?」というセリフが映画なんかでよくあります。

 あなたはこれに答えられますか?というお話です。


 少し具体的な例で目的意識というものを考えてみます。

問:「なぜ赤信号で止まるのですか?」

返答1:「お父さんに赤信号で止まるように教わりました。」
返答2:「赤信号で止まらないと危険だからです。横から青信号で車が来るかもしれません。」

 返答1はまったく間抜けな返答ですが、目的意識の無い返答です。お父さんがきらいになったら赤信号無視も平気になるかもしれません。危険や迷惑などの理由を考えず、盲目的にルールに従っているだけです。

 逆に返答2は"Why"の部分を明確にした返答です。考え方としては、危険→赤信号でしめされている→赤信号では止まる、という流れです。「危険である」ということが分かっている以上、自殺でもしようと思わない限り赤信号に踏みだすことは無いでしょう。

 上は少し極端な例でした。次にスポーツの現場の例を考えてみます。

 アル君とボン君は今日はランニングの練習です。

アル「先輩、今日の練習はどんな感じですか?」
ボン「レースが明後日だから、軽く体をほぐす感じでじっくりいこうか。」

 ストレッチをすませ、ゆるゆると走り始めました。談笑できるぐらいのスピードです。

アル「いやぁ、いい天気ですねえ。」
ボン「俺さ、今日調子いいわ。なんか羽が生えたっつーか、超体が軽いんだよ。」
アル「へー、自分はそういう風になったことないんで良くわかりません。」

 自然とスピードが上がっていきます。ボン君は軽やかに駆けて行きます。もともと力量に差があるのもあって、アル君は付いていくのに必死。

アル「せ、先輩、、、待って、くださいっ。」
ボン「気合い入れろ。そんな追い込んでねえぞ。」

 結局予定していたコースを2周もしてしまいました。

アル「も、もう駄目っす。」
ボン「やーごめんごめん。なんかすげー調子よくってさ。さすがに少し疲れたかな。」

 気持ちよく走ったボン君と必死についていったアル君の2日後のレースの結果は?大体わかりそうなもんですね。

 彼らの練習には「目的意識」というものが欠如しています。一応始めにボン君が「レースが明後日だから」とことわっていますが、それを実践していないので意味はありません。

明後日がレース
→今日激しい練習をすると疲れが残る
 →レースでしっかり走りたい
  →今日は「強くなるための練習をする日」ではなく「調整日」にしよう。
   →今日は疲れが残るような練習はしない

 以上のようなことをしっかり考えて設定できていればボン君が爆走することも、アル君が無意味についていくことも無かったでしょう。ただし参加するレースを練習と割り切るなら、

明後日がレース
→今日激しい練習をすると疲れが残る
 →しかし今回のレースは練習の一環(純粋な結果は求めない)
  →今日は「強くなるための練習をする日」、その上でレースもしっかり走って強くなる。
   →今日はしっかり練習を行う

という流れも考えられます。どちらにせよ、その練習が何を目的としているものなのかが明確になっています。

 バスケットボールでひたすらボールをバウンドさせる練習があります(あったはず)。ダムダムダムダム。バスケ好きの人でもバウンドだけではつまりません。3on3でもするほうがよっぽど楽しいでしょう。じゃあなぜそんな練習をするのでしょうか?ドリブルの基礎的な動きを習得するため、ボールに対して体を馴染ませる、といったところでしょうか。

 サッカーなのにボールを使わず、はしご形のステップの上で複雑なステップを踏んでいます。サッカーなんだから、ボールを使ったトレーニングしたほうがいいのでは?これはボディバランスや敏捷性を向上させるために行っています。

 例はいくらでも出せそうですが、この辺で止めておきます。つまり、

「目的意識をもってトレーニングを行おう」
「自分もしくはチームが何を目的としてそのトレーニングを行うのかを明確にしよう」

ということです。

 目的意識を持ったらトレーニングが素晴らしい内容になるわけではありません。しかし目的意識を持つべきです。なぜか?もうひとつ例をあげてみます。

 「ダッシュ力を鍛えるために今日は1分のインターバルをしよう」と目的意識を持ってトレーニングを行うのと「先生の作ったメニューは1分のインターバルか」と受動的(もしくは無意識に)にトレーニングを行うのではアプローチが同じだとしても、その結果は差があると、自分は思います。

 前者であれば

「もっとダッシュ力をつけたいので坂道を利用しよう」
「1分ではダッシュのトレーニングにしては長すぎるので30秒に短くしよう」

というように考えるかもしれません。このような発想があるのは「ダッシュ力を鍛える」という「目的」があるからです。「どのような練習をするか」は副次的なものであり、目的を達成するための手段であるべきです。

 先生からメニューをもらった後者では目的意識がないので上のような発展性はないでしょう。また、「ダッシュのための練習」ということさえ理解していなかったら、ダラダラと1分走って1分休憩を繰り返して「今日の練習は短くて楽だったなー」ということにもなるかもしれません。

 自転車に限って言うと、集団での練習ではなかなか目的意識が持ちにくいこともあるかもしれません。それでも何の目的意識も持たずに走るのと「××峠までは絶対にちぎれない」「今日は誰よりも集団の先頭を引いて引いて引きまくる」「ローテーションをスムースにこなす」「いつもより軽いギアでスピードに付いていく」といった少し抽象的でもいいので目的意識があった方がよいと思います。

 それから目的意識は持とうと思えばいくらでもたくさん持てますが、あれもこれもでどれにも集中できなくなるのは考えものです。その日のテーマとして真ん中に置くのはいくつかに限定すべきです。自分は3つぐらいにしています。

 繰り返しますが、目的意識を持てば強くなるわけではありません。しかし「今の自分には何が不足していて、そのためには何をする必要があるのか」ということは強く考えるべきです。そのことをきちんと考えれば、おのずと練習(もしくはそれ以外の生活や食事など含む)について目的意識は生まれてくるはずです。

 「あなた、今自分が何をしているのか分かっているの?」
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| 雑記 | 21:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















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